写真1

 貧血の話をしましょう。  
 貧血は文字通り「血液が貧しい」状態で、病名であると同時に顔色が悪い、疲れやすい、すぐ息切れするなど、様々な疾患に伴う症状名です。血液の赤血球に含まれる血色素(ヘモグロビン:Hb)の濃度で定義されますが、WHO(世界保健機構)によれば年代と性別で違いがあります(表1)。

(表1)貧血のWHOの定義 年齢と性別

年代・性別

ヘモグロビン濃度(g/dl)

妊婦・幼児

く11

成人女性・小児(思春期)

く12

成人男性

く13

 これは、Hbの主要成分である鉄の体内量がそれぞれの生理的な背景により差があることによります。今回はその鉄の欠乏が原因となる「鉄欠乏性貧血」に注目して、その病態や治療についての最近の知見や話題を紹介します。
 鉄欠乏性貧血は様々な貧血の中でも最も多く、診断される貧血全体の半数以上を占めます。原因は年代・性別ごとに特徴があり、思春期では成長に伴う鉄の需要に供給が追いつかないことが、成人女性では過多月経(子宮筋腫など)や出産・授乳による鉄不足が原因になります。閉経後の女性や成人男性では、慢性的な出血、特に消化管出血(胃潰瘍、大腸がん、痔など)を疑います。体の鉄分の大半が血中のHbに分布することから、出血が鉄喪失になります。最近では、ピロリ菌(Helicobacter Pyloli)の関与が報告されています。鉄はほとんどが体内で再利用されるため日々の吸収はわずかですが、経口摂取された鉄は主に十二指腸で吸収されます。動物性食品(赤身の魚・煮干し・牛もも肉・レバーなど)に多く含まれるヘム鉄の吸収率はおおよそ30%、植物性食品(海藻・野菜・大豆など)に含まれる非ヘム鉄は5%で大きな違いがあります。ヘム鉄の摂取がオススメです。
 近年、その代謝について新たな知見が得られました。細胞内の鉄が細胞外へ出る際に細胞膜の「フェロポーチン」が必要で、その増減に肝臓から分泌される「ヘプシジン」が関与します。ヘプシジンは炎症などで増加してフェロポーチンを減少させ、鉄の細胞からの移動を阻害して、その結果血中鉄を減少させます。このことは鉄欠乏性貧血と間違えやすい「慢性疾患の貧血(ACD)」の病態(貯蔵鉄の利用障害)を説明しています。
 さて、貧血の診断は比較的容易で、病歴・症状や診察でも見当がつきますが、1回の採血検査で貧血の有無、また赤血球数・Ht(ヘマトクリット値)から算定される赤血球の大きさ(MCV)で大雑把な病型(原因とも関連)がわかります。鉄欠乏性貧血では、Hbの減少とMCVの低下(小球性貧血)があり、同時に血中の鉄(Fe)とフェリチン(貯蔵鉄と関連)が減少します。治療は経口鉄剤の服用によります。鉄の吸収に問題なければ、数週間でHbが上昇して症状も改善に向かいます。通常、数ヶ月でHb値が正常化しますが、その時点で貯蔵鉄(フェリチン値)は十分ではなく、さらに数ヶ月の服用が必要です。経口剤の問題は吐き気などの消化器症状で服用できない例が少なからずあることです。そのような場合には、服用方法(分割投与、時間変更)や薬の種類を変えることで対処しますが、最近、高リン血症治療薬が副作用軽減する鉄剤として適応拡大となり使用されています。  いずれも服用できない場合は、注射用製剤が用いられます。ただし、過剰投与により重要臓器(心臓、肝臓、膵臓など)に鉄の沈着を招いて臓器障害をもたらすことがあり、安易な投与、漫然投与には注意が必要です。少し前の話題ですが、スポーツ選手の間で貧血対策やパフォーマンス向上のために鉄剤を静脈注射することが流行りかけたことがありました。本来、血液を濃くするためには高地トレーニングなどが行われるのですが、それを注射で済まそうということだったようです。しかしその過剰投与は健康障害に直結します。これに対しては、スポーツ庁、陸連、医師会から関係機関に注意文書が発出され、現在は行われることはないと思われます。
 その静注製剤にも進歩があります。従来の製剤は、必要量を分割して頻回かつ長期間投与することになりますが、数年前に大量の鉄投与を週1回、数回で終了できる新薬が登場しました。当院でも、鉄剤不耐容IDAとして長年治療に苦心してきた患者さんに利用したところ劇的な改善がみられています。 青白い顔色の若い女性がピンクの笑顔で再来に来てくれることは、スタッフにとってもこの上もない喜びです。健診で貧血とされた場合、症状がなくても背景に重病が隠れている場合もあります。まずはかかりつけ医か当院内科にご相談ください。

【参考文献】
1)張替秀郎:鉄代謝と貧血.日本内科学会雑誌107(9),1921-1926,2018
2)日本医師会:競技者に対する安易な鉄剤注射に関する注意喚起について. 日医発第1102号, 2019/1/11 

医師のご紹介

 写真2

 内科(血液内科)佐藤伸二 医師

 所属学会・受賞歴

 ●日本内科学会 認定医
 ●日本血液学会 認定医
 ●日本細胞治療・輸血学会 認定医・評議員
 ●日本血栓止血学会 
 ●医療の質・安全学会